アレクサンドラ・イザベルの日記

アンティーク、バラ、陶器の人形、綺麗な絵本、ヨーロッパ映画、バレエなど、好きなものを綴っています。

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「八日目の蝉」

八日目の蝉八日目の蝉
(2007/03)
角田 光代

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気に入った本や映画ほど、感想を書きにくい。
最近読んだ本の中で一番心に残った作品です。

前の日記に短編集『ブランケット・キャッツ』の感想を書いた時、どえも素晴らしい短編だけれど、一番心に残ったのが逃亡する女性を描いた「身代わりのブランケット・キャット」。深層心理だとどうなのかしら?のようなことを書いたのですが、深層心理も何もこの『八日目の蝉』を読んだ後に、読んだからだったような気がします。

「八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけれど、でもぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」


ようやく地上に出てきたのに、たった7日で命を終えてしまう蝉。
けれどもし、自分だけが8日目も生きた蝉だったら…。

1985年、1人の若い女性希和子が不倫をし、子どもを堕胎した同じ時期に、不倫相手の妻(女性に執拗ないやがらせをしていた)は出産。希和子は一度だけその子どもの顔を見ようと、夫妻が赤ん坊を置いて出かけた時に家に忍び込む。
眠っていると思った赤ん坊が突然泣き出し、思わず抱き上げると、何も知らない赤ん坊は希和子に、心からの信頼の笑顔を向ける。その瞬間、わけも分からず希和子は赤ん坊を連れ逃げ出す(0章)

希和子と子ども薫(本名 恵理菜)の4年間の逃亡生活を描いた1章。
成長した恵理菜がかつての希和子と重なるような生き方を描いた2章。

(以降ナタバレを含みます)

****** ▼ 追記記事 ▼ ******

0章のみサスペンスタッチ。
その後の2章は、2人の女性の人生と愛を描いていると思います。
事件の発覚の決定的な瞬間や、裁判の経過などすべて省かれています。歴史上の大きな事件、犠牲、深い悲しみが起こる前の逃亡中の“ささやかな日常”を描いた『アンネの日記』と少しかぶります(こちらは現実だったけれど)。

希和子は誘拐した赤ん坊に、自分の子どもにつけようと思っていた“薫”という名を与え、自分の持てる愛と人生、すべてをささげて、必死で育てます。
少しでも発覚しそうな気配があれば、親しくなった人に何も告げず逃亡していく生活。
けれど大きな罪を背負っているはずなのに、日常はきわめて穏やかで、小さな子どもの成長を見守る希和子の幸せは、その生活が長くはないと分かっているからこそ、暖かく、悲しく、愛おしいものに感じられます。
希和子が薫に捧げる愛情はもちろんのこと、薫もいい子で、幼いながら大好きな綿菓子をママに取っておいてあげる女の子で、二人は本当に仲の良い、幸せな親子でした。

逃亡生活の終わりごろに、希和子と薫親子は、蝉の抜け殻と、孵化した蝉が7日しか生きられない話を聞きます。

2章は本当の両親の元に戻され成長した恵理菜(薫)の物語ですが、結局この家族は本当はとっくに崩壊しながらも(母親はろくに家事もしない)、結局ずるずる家族を続け、被害者であありながら、事件にいたるまでをマスコミに公開されたせいで嫌がらせを受けたり、“誘われた子ども”も含めて特別な目で見られ、引越しを繰り返します。

その経緯は直接は描かれず、大学生となった恵理菜が、過去を振り替える形で断片的に描かれます。
自分の過去をたまたま知らない女の子の誕生日会に招待されて、その子の親がとった成長映像を見て、帰り道、母親が子どものために作ったご馳走をもどしてしまう恵理菜。
“世界中で一番ひどい女”に幼い頃わらわれていたと教えられて永長した恵理菜。
なぜその特別な子どもが自分だったのか、事件についての本や記事を読み、本当の答えは見出せない。

誘拐事件がなかったら、恵理菜は幸せな子ども時代を送れたのか、この夫婦のもとでは深く疑問です。でも紙の上でも血の上でも恵理菜はこの夫婦の子ども。

少女時代の恵理菜の悲しみは本当にかわいそうなのですが、この章を読みながら恵理菜に感情移入しているわけでないのです。
1章だけでなく2章も、直接出てこない希和子に感情移入している。
しかもこの2章で希和子の知らない“薫”のその後を知るので、心が傷つきました。“薫”が希和子と同じように不倫の恋の末、相手の子どもを宿して、その相手もまた“恵理菜”の父同様に嘘つきなことを。

繋がりとはなんだろうと思います。
結婚など紙の上で、親子や兄弟など血の上での繋がり。確かで、分りやすい繋がりではあるけれど。
運命の相手や、魂の双子は、異性である恋人だけではないのではないかと思います。
恋人や親子ではなくても深く人を愛せるし、逆に血のつながりがあったとしても愛せない、それどころか傷つけることしかできない場合もある。
そんなことを考えさせられる名作が最近多く出てきます。

もう8年も前の小説なんだね。
『永遠の仔』の優希、笙一郎、梁平。
恋愛や友情を超えた繋がり。流した“血”でつながった兄弟。

恋人同士で印象に残ったのは
『私の男』の花と淳悟。
紙の上では親子、そして…。
この2人はつながり、つながれている。手も足も心も血も。

恋愛以上にせつない友情。
『NANA』の奈々とナナ。

全人生をささげて子どもを愛した“母”希和子と娘の“薫”親子。

みんな幸せになってほしい。幸せになってほしかったと心から思いました。
つながりは“愛”なのだから。

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