アレクサンドラ・イザベルの日記

アンティーク、バラ、陶器の人形、綺麗な絵本、ヨーロッパ映画、バレエなど、好きなものを綴っています。

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皇妃エリザベートのクリスマス

 アナスタシア皇女、マリー・アントワネットのクリスマスについて書いたので、今度はオーストリア・ハプスブルク家皇妃エリザベートのクリスマスの絵画です。

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 マリー・アントワネットのクリスマス

エリザベートのクリスマス

 描かれているのは皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベート、娘で次女のマリー・ヴァレリー、長男のルドルフ皇太子とその妻でブルギー王女シュテファニー、二人の一人娘のエリザベート(エルツィ)です。
 エリザベートの孫娘、エルツィは人形をもらって嬉しそうです。手前のベビーベッドは人形用です。

 一見幸せそうなクリスマスですが、皇太子夫妻の仲は冷え切り、またフランツ・ヨーゼフ皇帝とルドルフ皇太子もまた対立状態でした。エリザベートは堅苦しいウィーン宮廷を避け、ずっと旅ばかりでした。


 1888年のクリスマスの夜。
 ルドルフ皇太子は久しぶりに母エリザベートに会います。
 父フランツ・ヨーゼフと政治的に衝突し、宮廷では孤立し、妻シュテファニーとの仲もうまく行かず、カトリックのため離婚は認められず、ルドルフは絶望に追い詰められていました。
 ルドルフはその夜、母にしがみつき、長い間泣いたそうです。
 周囲でさえも感動し、もらい泣きしたその時すら、エリザベートは息子の苦悩に気付きませんでした。

 その一月後、1889年1月30日。
 ウィーンの森の南部マイヤーリンクにある王家の狩猟小屋。
 ルドルフは恋人だった17歳の男爵令嬢と共に、拳銃自殺を遂げます。

 エリザベートはようやく息子の苦しみに気付き、失ったものの大きさに、初めて息子のために泣き崩れました。
 悲しみ、絶望、後悔に、エリザベートは二度と立ち直れず、以後、生涯喪服を脱ぐことはありませんでした。

喪服のエリザベート

テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

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