アレクサンドラ・イザベルの日記

アンティーク、バラ、陶器の人形、綺麗な絵本、ヨーロッパ映画、バレエなど、好きなものを綴っています。

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一生を 子供のやうに、さみしく…

「蝶」  西條八十
   (詩集『美しき喪失』より)

やがて地獄へ下(くだ)るとき
そこに待つ父母(ちちはは)や
友人に私は何を持つて行かう

たぶん私は懐から
蒼白(あおざ)め、破れた
蝶の死骸をとり出すだらう
さうして渡しながら言ふだらう
一生を
子供のやうに、さみしく
これを追つてゐました、と


揚羽蝶


 西條八十の淋しくも、限りなく美しい詩。

****** ▼ 追記記事 ▼ ******

 「蝶」というのが少年らしいと思う。
 ヘルマン・ヘッセも、詩や小説に、少年の日の思い出として「蝶」について書いている。

 私は、何を持っていくのだろう?
 死んでしまった美しい白鳥の羽だろうか?
 薔薇の棘に胸を突き刺した夜鳴鶯(ナイチンゲール)だろうか?
 小鳥が好きで、インコや文鳥が、常にそばにいた私にとって、死を考える時、連れている動物は、やはり鳥のような気がする。 


「かなりや」  西條八十

唄(うた)を忘れた金糸雀(かなりや)は
後ろの山に棄てましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
背戸(せど)の小藪(こやぶ)に埋(い)けましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましょか
いえ いえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は 象牙の船に 金の櫂(かい)
月夜の海に浮かべれば 忘れた唄をおもいだす



 私が好きになった美しい人々は、本の中の登場人物を抜かして、俳優、ダンサー、スポーツ選手、美しい歌声の少年、すべてが生身の人間である。
 スランプや挫折や、病気に怪我とは、無縁ではない。
 そして何よりも老い、これはどうしても避けられないことだ。

 西條八十の詩に、もう一つの“かなりや”の詩があることを知った。


「海のかなりや」  西條八十

唄(うた)を忘れた
金糸雀(かなりや)は、
赤い緒紐(おひも)で
くるくると
縛(いまし)められて
砂の上。

かはいさう(かわいそう)にと
妹が
涙ぐみつ、
解いてやる、
夕顔いろの
指さきに
短い海の
日がくれる


 暮れていく、金色の海が見えるような気がする。
 その金の色と金糸雀は、同化するのだろうか?
 波が揺れいてるのか、涙で揺れているのか。

 唄(うた)を忘れた金糸雀(かなりや)は
 月夜の海に象牙の船に乗せてあげればいいのだろうか。
 日の暮れる海に放してあげればいいのだろうか。
 様々に考えてしまう。

 けれど、分かるのは、西條八十の、儚くも、美しい、金色の「言霊」は、今もなお、美しく歌い続けている。

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■千の風になって【天国の動物たちの歌】

千の風になって文鳥日本開眼@ちゅるです。本屋で、立ち読みしてたら、千の風になってが流れてきました。以前一度聞いたことがあったと思ったのですが、今回は、思わず涙がこみ上げてきました。古本屋でです。死んだ桜文鳥のちぃちゃんと埋葬したお墓を思い出しました。千の
2007/02/20(火) 18:30:08 | 桜文鳥大好き【桜文鳥日本開眼】
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