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アレクサンドラ・イザベルの日記

アンティーク、バラ、陶器の人形、綺麗な絵本、ヨーロッパ映画、バレエなど、好きなものを綴っています。

ブロンズの天使16 プーシキン夫人の肖像(1849)

ナターリア1949年

ナターリア・プーシキン夫人(1949)
Natalia Pushkina


 以前から存じ上げています。
 若いころはおきれいだったと、みなさん言いますが、お若かったときよりいまの方が、ずっと美しいと思っています、それを申し上げたかったのでした、若いころのお顔よりいまの顔のほうが私は好きです、嵐のとおりすぎたそのお顔の方が。



 マルグリット・デュラス著『愛人(ラマン)』の中の言葉です。

 1849年のナターリアの肖像です。37歳くらいでしょうか。

****** ▼ 追記記事 ▼ ******

 ちょうどプーシキンが亡くなった頃の年齢です。

 年をとってからの顔の方が好きというのは、その人を愛している方からの言葉でしょうか。
 この悲しそうな眼差しの女性をめぐっては、2人の男性が命をかけて争うということはしないかもしれません。

 悲しみを経て再会した時、「変わらずあなたはきれい」だと、『ブロンズの天使』のダンテスは、言ってくれました。
 いろいろ解釈はありますが、愛だと私は思いたいです。

 「幸福な家庭はすべてよく似よったものであるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である」とは、トルストイの『アンナ・カレーニナ』の有名な言葉ですが、でも、私は「幸福にも様々な形があって、似通ってように見えても、一見不幸そうに見えても、それぞれに幸福である」と思うのです。特に愛の形は。

若い頃のナターリア

若き日のナターリア

*** COMMENT ***

37歳くらいのナターリアの肖像、若い頃とは違った趣がありますね。再婚して、また子どもが生まれて落ち着いた頃のものでしょうか。「ブロンズの天使」でのナターリアの表情の変化がよかったです。年を経て、皺があるわけじゃないのだけど、影のつけ方とかで年齢を重ねた事が出てました。ダンテスがナターリアのスカートの雪を何気にはらう場面に、私は愛を感じました。エカテリーナも愛してたんだと思いますが、ナターリアへの愛もまた違う形であったのだと思います。最終巻でまたじっくり読みたいです。

あずささん、こんばんは。
年を重ねたナターリア(そんな年でもないですが)は、彼女なりに苦しみを乗り越えた、素敵な顔になったと思います。それにしても、子どもを数人生んだのにも関わらず、ウエスト、細いですね。

「ブロンズ」では、ナターリア・ダンテス派だったので(プーシキンも好きですが、あくまで詩人として。ナターリア・プーシキン派ではないです)、たくさんのことを考えてしまいます。

エカテリーナはフランスに渡ってからそう長くはなく亡くなってしまい、その後、ダンテスが生涯独身だったのは、もしかしたら…?とか。

それから後できちんと書こうと思っていますが、ナターリアは、再婚するまで、一度もロシアから出たことがなかったのです。
再婚相手…、たしかランスコーイという方だったかな?と一緒に、何度もパリやニースに行ったらしいです。
再婚したから、プーシキン夫人でもなく、ダンテス夫人の妹ナターリア・ゴンチャローワ嬢でもなくなって…。
いろいろ考えてしまいます。

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